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異人 驚きました。あなたは眠ってはいなかったのですね。
重輔 ええ、やはり血の色の酒というのはどうも飲めなくて
実は飲んだふりをしてこっそり出してました。ごめんなさい。
異人 いや、謝るのはワタシの方です。
重輔 それにしても先生はぐっすりと眠ってしまって・・・割りとお酒は強いほうだと
思っていたのですが、やはり異国のお酒は体に合わないのでしょうか。
異人 いえ、そういうわけではありません。実は少々ワインに隠し味をね。
重輔 ・・・やっぱり。
異人 参りました。あなたは何もかもお見通しのようですね。
ではやはり、あなた方を異国に連れて行くまでワタシを逃がしてはくれませんか。
重輔 いいえ、そんなことはありません。
先生が目を覚まさないうちに、役人にみつからないうちに早く自分の船にお戻りください。
異人 ・・・よろしいのですか。
重輔 ええ。僕はもともと異国へ逃げることには反対でしたし。
異人 ほう、それはなぜですか。
重輔 あなたの言うとおり、病んでしまった自分の国を捨てて異国へ逃げることが正しいとは思えないのです。
異人 そのとおりです。
自分の生まれた環境を呪うより、まずそこで自分ができることをするべきではないか、と
ワタシはそう思います。
重輔 先生もそれに気づいてくれればよいのですが。
異人 人にはそれぞれ使命というものがあります。そしてそれは案外身近にあるということに気づきにくいもの。
自分のなすべきことを探すならば、まず自分の足元を探してみるべきでしょう。
おっと、話が長くなってしまいましたね。
重輔 いえ、勉強になりました。
異人 それはよかった。では、ワタシはそろそろ行くとしましょう。
重輔 ・・・あの、最後に。もしよろしければあなたの名前を教えていただけませんか。
異人 名前・・・ですか?
重輔 ええ、いろいろ為になることも教わりましたし、記念にお名前くらいは伺いたいと思って。
異人 ・・・いいでしょう。ワタシの名前はマシュー。
重輔 マシューさんですか。僕の名前は金子重輔。そこで寝ているのは吉田松陰です。
異人 ・・・ヨシダ・ショーイン。彼は何かすごいことを成し遂げる人物のような気がします。
重輔 え?
異人 彼にはまだ、日本でするべきことがある。彼がいなければこれからの日本は発展しない、
なんとなくそんな気がするのです。
重輔 ・・・そうですね。僕もそう思って彼に弟子入りしたんです。
異人 うむ。あとはその真っ直ぐなところと正直さのあまり身を滅ぼさぬよう注意するべきですね。
重輔 わかりました。そう伝えておきます。
異人 そうしてください。さて、では今度こそ本当に去るとしましょう。
重輔 さようなら、マシューさん。もう2度と会えないと思いますが・・・どうか、お元気で。
異人 ええ、あなたたちもどうか、元気で。
手を振り去っていく異人。手を振って見送る重輔。
異人が去ったあと、暗転し重輔にスポットライトが当たる。
重輔 (異人が去って行った方を見たまま)これは何年か経った後のことですが、
このとき来日していた黒船の詳しい話を聞いて、僕は愕然とすることになります。
あの黒船米国艦隊・・・その提督の名は・・・
東インド艦隊司令長官、マシュー・カルブレイス・ペリー。
明転。
松陰ががばっと目を覚ます。
松陰 おい!ここはどこだ?!・・・ん?・・・あれ?!
重輔 先生、大丈夫ですか?
松陰 うう、なんだか頭がズキズキする・・・。
重輔 いくらなんでも飲みすぎですよ。
松陰 そんなことより重輔、私はどれくらい眠ってた?・・・あの異人は?!
重輔 異人さんはとっくにお帰りになられましたよ。
松陰 な、何?!なぜだ?!なんでだ?!何勝手に帰しているのだ?!
重輔 先生、もう異国行きは諦めましょう。
松陰 何言ってるんだ、重輔。
重輔 先生、僕たちには本当に何もできないのでしょうか?
国が変わろうとしているこの激動の世の中で僕たちにできるのは逃げ出すことだけですか?
松陰 ・・・重輔?
重輔 それよりも日本で、僕たちが生まれたこの国で何かできないでしょうか。
少なくとも先生には、僕の尊敬する吉田松陰先生なら、それができると思うのです。
松陰 ・・・。
重輔 先生、わかっていただけますか。
松陰 ・・・。
重輔 僕の言うことがわかっていただけましたか。
松陰 全然わかんねー。
重輔 え?
エンディングテーマ『さよならアメリカ さよならニッポン』が流れ出す。
松陰は立ち上がりだだをこねだす。
松陰 ふざけんなー!!私は異国へ行くと決めたのだ!決めたったら決めたのだー!!
重輔 だだっ子ですか?
松陰 おい、あの異人はまだそう遠くには行ってないよな?
なんとしてでもつかまえて黒船に乗せてもらうぞ!!
重輔 ちょ、ちょっと先生。
松陰 行くぞ重輔!何が何でも黒船に乗り込むのだ!!
走り出す松陰。慌てて後を追う重輔。
重輔 ま、待ってください先生!!
2人は走り出し一度上手へ去り、再び舞台中央へ走り出してくる。
松陰は舞台を走り抜け下手へと去るが、重輔は中央で止まり観客に向かって話しだす。
重輔 この後、無理やり黒船に乗り込もうとした僕と松陰先生は案の定幕府につかまり
辛い獄中生活を送ることとなります。その後先生は謹慎処分となりますが
そんなことは気にせず終始お気楽な読書三昧の日々を送っていたようです。
そうこうしている間に政府は外国との国交をはじめ、先生はというと
かの有名な松下村塾を開き時代は激しく動いてゆくのですが、
それはまた、もう少しだけ先のお話・・・
下手から松陰が全速力で走ってくる。
松陰 道間違えた!!黒船はこっちだった!
重輔 あ、待ってくださいよ!先生!先生ってば!!
慌てて松陰を追う重輔。
エンディングテーマの音量が上がり重輔の叫びはかき消される。
ー幕ー
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