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松陰  何言ってるんだ。お前一人こっそり出て行くことだってできたんだろ?
    だったら我々2人がこっそり乗り込むくらい造作もないだろう。
異人  しかし、こっそり乗り込めたとしても航海中に見つかってしまいますよ。
松陰  そこをなんとか、みつからないようにできないのか。
異人  ・・・どうあっても乗り込むつもりなんですね。
松陰  そうだ、荷物の中にでも入って紛れ込めばいい!
    荷物が2つ増えたくらいじゃあ気づかれんだろう。
重輔  先生、やっぱり無理ですよ。この異人さんにも悪いですし・・・
異人  ・・・わかりました。
2人  え?!!
松陰  本当か?!
異人  できるかどうかわかりませんが、なんとかお二人を荷物の中にいれて船の中まで持ち帰りましょう。
松陰  や、やったあ!!
重輔  そんなまさか・・・。
異人  その代わり、ワタシを役人様に突き出すことだけはやめていただけますね。
松陰  勿論だ!約束しよう。
異人  わかりました。・・・ではそうと決まればさっそく乾杯ですね。(荷物を取り出す)
松陰  ん?
異人  我々の国の風習で、このように約束ごとが交わされたときには
    それを裏切らぬようお互い酒を酌み交わすという儀式があるのですよ。
松陰  ほほう、それはまた興味深いのう。
異人  ちょうど良い具合にワタシが故郷から持ってきた酒があります。
    これで乾杯といきましょう。


異人、2人にグラスを渡し、酒瓶を取り出し2人に酒を注ぐ。
酒瓶からは赤いワインが注がれる。


重輔  な、なんですかこの色は?!!血だ?!血の酒だ?!
松陰  まったく葡萄酒も知らないのか重輔は。
異人  さすが、あなたはご存知でしたか。
松陰  当然だ。お前が日本のことを調べていたように、
    ワタシもまた異国のことはできる限りの情報を集めている。
重輔  ・・・で、これは血の味はしないのですか?
松陰  これは葡萄の酒だ。安心して飲むがいい。
異人  では、乾杯いたしましょう。
松陰  うむ、では異国の味と共に遠い異国を夢見て。
3人  乾杯!


グラスに注がれたワインを一気に飲み干す松陰。


松陰  くはーーーーー。噂にはきいておったが、この葡萄酒という酒、やはり格別よのう。
異人  おお、もう飲んでしまわれたか。ささ、もう一杯どうぞ。
松陰  おお、すまんな。いやいや、これは本当にうまい。これが異国の味というものか。感動したぞ。
異人  (松陰のグラスにワインを注ぎながら)ところでお侍さん、
    一応聞いておきたいのですが、なぜそうまでして我々の国へ行きたいのですか?
松陰  ん?
異人  ワタシが思うに日本は素晴らしい国です。独特の歴史があり伝統があり文化がある。
    そして我々の国との国交がはじまればさらに栄えることとなるでしょう。
    それなのになぜ、その日本を捨てようとするのですか?
松陰  いやぁ、わかってない!アンタはわかっとらんよ異人さんよぉ。
異人  そうですか。
松陰  今の日本はもう駄目ぽだ。性根から腐っちまってやがる。
    伝統と決まりごとばかりにしがみつき自分勝手な役人どもばかりが国を治めている。
    そんな国の未来に一体これから何を期待しようというのか?
異人  その腐ってしまった国を、自分の力で治そうとは思わないのですか。
松陰  そんなこたあ無理だ。我々のような下級武士には国を動かすような力はない。
異人  ・・・本当にそうでしょうか。
松陰  お前はやっぱりわかってないな。
    こんな取締りの厳しい世の中では何か動こうものならすぐに処罰だ!
    だから私は異国へ行くのだ・・・自由を求めて異国へ。
異人  ・・・わかりました。まあこの話はもうやめにして、ささ、もっとお飲みなさい。
松陰  おうおう。すまんな。
重輔  ちょっと先生。飲みすぎじゃあないですか。
松陰  何言ってんだお前わあ!こんなうまい酒なかなか飲めるもんじゃあないぞぉ。(すでにへべれけ)
    ほら、お前も飲め飲め。
異人  そうですよ。いっぱい持ってきましたからあなたもぜひどうぞ。
重輔  いや、僕はそんなには・・・
松陰  かーーーーーーっ。それにしてもうまいのお!


酔っ払い高らかに笑う松陰。
徐々に場面は暗くなる。

数秒後、松陰の大いびきが聞こえる。
明転。松陰はぐっすりいびきをかいて眠っている。
重輔もうつむいて眠っているように見える。
周りには飲み散らかしたワインの空瓶が転がっている。
異人はあたりをきょろきょろとみまわし荷物をまとめる。
眠っている松陰たちを見てから荷物を持ってこっそりとその場を去ろうとする。


重輔  行ってしまわれるのですか。


ハッと振り向く異人。
重輔は起きて立ち上がる。それに驚く異人。



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