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松陰　　うむ、めったにできない経験だぞ。
重輔　　そう思います。こんな貴重な経験ができるとは思ってもみませんでした。
松陰　　まあ、役人以外でこんなに貴重な経験を2度もしているのは私くらいだろうな。
重輔　　・・・え？！2度って？！
松陰　　そう、私は黒船の姿を拝むのはこれで2度目だ。
重輔　　それじゃあ先生は昨年の浦賀来航の際にも・・・
松陰　　そうだ。あのときの衝撃ときたら尋常ではなかったな。
重輔　　すごい！2度も黒船来航に出くわすなんて。
松陰　　いやぁ、あの迫力をもう一度見てみたくてな。
重輔　　・・・まさか先生、今回下田に来た目的って
松陰　　そんなことより重輔、お前どう思う？
重輔　　どうって・・・黒船の姿ですか？
松陰　　黒船の2度にわたる来航だよ。
重輔　　え？
松陰　　何の為に異国の船があんなに大砲積んで、しかも2度も、日本に来たと思ってるんだ？
重輔　　それじゃあやっぱり、幕府が異国と貿易をはじめるという噂は本当なのでしょうか。
松陰　　ああ、間違いないな。私が仕入れた情報によるとこうだ。
　　　　昨年嘉永6年に浦賀に来たときに、幕府は正式に異国との貿易を申し込まれたらしい。
重輔　　まさに一大事ですよね！今まで200年近く外国との交渉は断絶していたというのに。
松陰　　ここ何年かは様々な国からそういった要請もあったらしいが幕府側は全て却下していたそうだ。
　　　　ところが昨年6月、米国があの黒船を率いてやってきたわけだ。
重輔　　あんなものと一緒に来られては幕府も邪険にはできませんよね。
松陰　　実際異国側は向こうの要請を了承しなくてはあの大砲をぶっ放すと脅しをかけたそうだぞ。
重輔　　お、恐ろしい・・・。
松陰　　恐れをなした幕府だが考える時間が欲しいと言って返答を1年先に引き伸ばした。
重輔　　そうか、それで黒船は再び返答を聞きにきたのか。
松陰　　その通りだ。そして何の結論も出ないまま、今日で１年が経ってしまったというわけだ。
重輔　　一体これからどうなるのでしょう・・・。
松陰　　そこでもう一度聞くが重輔、お前どう思う？
重輔　　え？僕の考えですか？
松陰　　そうだ。これからどうすればいいと思う？
重輔　　えーと、そうですね・・・断ればまず異国との全面戦争になることは間違いないし
　　　　・・・かと言って幕府がそう簡単に伝統を崩すのも難しいだろうし、
　　　　だからと言ってこのままでは日本が侵略されてしまうだろうし、
　　　　いやしかし、貿易を了承してしまえばそれだけで済むとは限らない、
　　　　そこから相手の言いなりとなり日本は属国となってしまうかもしれない・・・でも
松陰　　馬鹿。（重輔をどつく）
重輔　　痛っ。何するんですか先生。
松陰　　お前は幕府の能無しどもと同レベルか？
　　　　まったくこの吉田松陰、そんな情けない弟子を持った覚えはないぞ。
重輔　　はぁ、申し訳ありません。・・・では先生はどのようにお考えで。
松陰　　うむ。まあ結論から言ってしまえばな・・・この国はもう駄目ぽだ。
重輔　　は？
松陰　　考えてみろ重輔。
　　　　仮にお前や私に、これから先幕府がどうすればよいか何か劇的な名案があったとしよう。
重輔　　はぁ。
松陰　　一体それをどうする？どうやってそれを幕府に伝え実行させるのだ？
　　　　頭の硬い幕府の役人やくだらん伝統にこだわる国に対して
　　　　所詮我々のような一介の下級武士に一体何ができるというのか。
重輔　　確かに、今の幕府では意見などしようものなら処罰される可能性も高いですからね。
松陰　　その通りだ。
重輔　　では、我々は何もしないというのがよいのでしょうか。
松陰　　馬鹿。（重輔をどつく）
重輔　　痛っ。何するんですか先生。
松陰　　本当にお前は馬鹿だな。こんな激動の世の中で、まだ若い我々が
　　　　日向でせんべいでもかじってるつもりか？
重輔　　そんなぁ、じゃあ一体どうすれば。
松陰　　沈むとわかっている船にいつまでも乗りつづけることはない。
　　　　乗っている船が沈没しそうになったら一刻も早く脱出することが懸命だろう。
　　　　そしてそれは、国もまたしかりだ。
重輔　　え、脱出って・・・まさか日本を？
松陰　　そうだ、こんな沈みかけた船など用はない。幕府の犬どもと一緒に沈没する義理などない。
　　　　我々だけでも早々に脱出するべきだろう。そうは思わんか重輔？
重輔　　な、何考えてるんですか先生！！！
松陰　　国外逃亡。
重輔　　きっぱり答えないでください！
松陰　　お前の質問に答えたまでだ。
重輔　　日本人が異国へ行くことも、異人が日本へ出入りすることも幕府によって200年前から禁止されてます！！
　　　　見つかれば間違いなく死罪ですよ！それくらい常識でしょう、知らないんですか？！
松陰　　うん、知ってるよ。
重輔　　知ってるならそんなこと言わないでください！死にたいんですか？！
松陰　　まさにお前の言うとおりだ。国外逃亡などして見つかれば間違いなく死罪だ。
　　　　見・つ・か・れ・ば、な。
重輔　　まさか・・・。
松陰　　だから見つからなければいいんじゃないか。
重輔　　あぁあ、やっぱり・・・。


頭を抱え込む重輔。



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